スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

  • 2014.06.08 Sunday
  • -
  • -
  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

裁判所の判決文と特許明細書の文章

かねてから、特許明細書の記述と裁判所による判決文との比較をしてみたいという関心を持っていたが、たまたま福井県の大飯原発再稼働差し止め訴訟での判決文(住民側勝訴)全文が手に入ったので読んでみた。原発問題や環境問題での訴訟では裁判所も科学的な問題に関して判断を下さなければならないから、判決文には科学技術的論理の記述も含まれている。たとえば、上記判決文の判決理由に関する箇所に以下のような記述が含まれている。
「外部電源は緊急停止後の冷却機能を保持するための第1の砦であり、外部電源が断たれれば非常用ディーゼルに頼らざるを得なくなるのであり、その名が示す通りこれが非常事態であることは明らかである。福島原発においても外部電源が健全であれば非常用ディーゼル発電機の津波による被害が事故に直結することはなかったと考えられる。主給水は冷却機能維持のための命綱であり、これが断たれた場合にはその名が示す通り補助的な手段にすぎない補助給水手段に頼らざるを得ない。前記の通り、原子炉の冷却機能は電気によって水を循環させることによって維持されるのであって、電気と水が一定時間断たれれば大事故になるのは必至である。原子炉の緊急停止の際、この冷却機能の主たる役割を担うべき外部電源と主給水の双方がともに700ガルを下回る地震によっても同時に失われるおそれがある。そして、その場合に(2)で示し適示したように実際にはとることが困難であろう限られた手段が効を奏さない限り大事故となる。」
率直に言って、裁判所の判決文の方が、論理の構築においても日本語の記述にしても、日本語による特許明細書の記述と比較してはるかに明晰であり隙がない。日本語明細書のすべてが低水準だとは決して思わないが、少なくとも上の文章程度の明晰さで記述されているべきだし、翻訳者も上の例のような明晰な記述を心がけるべきだ。こういう基準から見ると、本当は英訳より和訳の方が難しい。
 

言いおおせて何かある?

  標題の言葉は俳句に関する芭蕉の有名な言葉ですが、「何かを言いきってしまって人の想像力にゆだねる余地がないような作品は駄作だ」というような意味です。 日本語の言語表現(特に文学領域の文章とか会話)の底流にはこうした考え方が流れていて、「行間を読む」などの表現もあるぐらいです。
 科学技術論理を表現する場合は、芭蕉さんとは反対に「言いおおせなければ、何にもならない」わけです。日本語での科学技術論理の表現はせいぜい百五十年ぐらい前から始まったばかりなので、この分野では検討すべき課題が山ほどあります。その課題の検討がこのブログの主題です。 

 たとえば、今年の3月20日に公開されている特許公開2014
50388
の要約書の文章の冒頭は以下の通りです

【課題】感染症を含む微生物コロニーの増殖を減少させるための方法および組成物を提供し、かつ、治療的組成物、感染症を治療するための方法、およびその他のそのような組成物を同定するための方法を提供する。


 特許公報の要約書はスペースが限定されているのでどうしても舌足らずになるが、「感染症を含む微生物コロニー」とは何を意味しているのか。「かつ、治療的組成物、感染症を治療するための方法」の部分は前の文章とどのように関係しているのか。(たぶん、「前段で示されている方法および組成物を利用した」
という主張が前提になっているのであろうが、論理的な表現としては厳密ではない。さらに「およびその他のそのような組成物」とは何を意味しているのか。たぶん、「ご想像ください」ということなのだろう。
 
 この文章は、「感染症の誘因となる微生物のコロニーの増殖を減少させるための方法および組成物を提供し、そうした感染症を治療するための組成物及び方法と、その目的に資する組成物を同定するための方法を提供する」と書けばすっきりするのではないだろうか? この文章はたぶん翻訳文だと思うが、弁理士の責任で提出されているわけだから、責任は弁理士にあると言うべきです。

 

英語と日本語

 日本語の記述の良し悪しを論ずる場合に、「どんな文章が悪文で、どんな文章であれば分かりやすいのか」についての明確な基準がない。日本語を多少知った外国の人が特許翻訳についての手引書を書いていて、それはそれなりに参考になるが、日本語の論理表現の曖昧さ(微妙さ)について彼らはほとんど理解していない。

 以前から、「英語を知っている人が書いた明細書は翻訳しやすい」と度々耳にしているが、たぶんその通りだと思う。何故なら、科学技術論理というのはインド・ヨーロッパ語系の言語に基づいて成立しているのであって、日本語のように動詞が文章の最後にくるような言語は、そもそも科学技術論理の表現にはなじみにくいからだ。単純な構文だったらよいが、さまざまな修飾語・修飾句・修飾節が主語と動詞の間に入り込んでくると、論理的な骨格が不明確になる。日本語のライターは日本語の読み手のために書いているわけだから、翻訳者が彼らに文句をいう筋合いはないが、特許明細書の場合は「いずれ英語に訳される文書だ」という意識を多少持っていてもらいたい。


チェックすべき問題点

 特許明細書以外の科学技術領域の文書を見ても、悪文というか拙劣な文書は満ち溢れている。何故このようにでたらめな日本語が流通しているのか? 大企業のマニュアルや宣伝用文書でも同様の傾向が見受けられる。『日本語による科学技術論理表現の明確化』という問題意識で見れば、コメントすべき領域は膨大に広がってしまう。言語表現とか読点の使い方などで一番しっかりしているのは文学の領域で、読点の使い方にそれぞれの作家の息遣いや心のたたずまいまで感じられる。私たちは日本語の記述をもっと大切にしなければ。
 科学領域の図書は、さすがに編集者による校正がはいっているので、それほどでたらめな文書は見当たらない。私の手元には、先端科学に関する書籍が五百冊ほどあるが、どの文書を見ても、日本語の記述はしっかりしている。私企業の科学技術文書は、特許明細書も含めて、編集者によるチェックが入っていないから、でたらめが放置されているのであろう。このあたりに、チェックすべき問題点があるようだ。
 言い添えれば、特許翻訳業界では、悪文を翻訳させておいて、チェッカーと称する人たちがそれをチェックして翻訳者たちをボロボロにしてしまっているという傾向がある。翻訳者とクライアントの間に翻訳会社が介在していて、翻訳者が明細書の執筆者と直接接触できないから、悪文の解析は翻訳者に一方的な負担として押し付けられている。悪文との格闘はある意味では面白いが、別の意味では不合理でもある。

 

​翻訳者とチェッカー(2)

   何故このような問題が起きるかと言えば、「チェッカーは経営者にしか目が向いていないし、経営者は金にしか目が向いていないからだ」と思います。ビジネスは厳しいからそれほど甘いことは言っていられないことは分かりますが、やはり、翻訳者の目で「おかしいことはおかしい」とはっきり言った方がよいのでは?
 日本は翻訳文化の国で、飛鳥・奈良・平安の昔から、翻訳者こそが時代の先駆者であり、海外の動向に対する耳目だったのです。現代は「翻訳者は使い捨て」の時代で、安い翻訳料で使いまわされて、いつでも使い捨てられています。私は幸いにも特許翻訳以外にも足場を持っているので、言いたいことは何でも言える立場です。チェックすべき問題点は、このブログを通じて可能な限り発言を続けるつもりです。

翻訳者とチェッカー

 翻訳者が英訳したテキストをチェッカーと称する人がチェックするのが一般的な仕組みである。もちろん、翻訳者がいくら集中しても(あるいは集中すればする程)、なんらかのミスは起こり得る。例えば、読み落とし・読み違え・数値に関する間違えなど、いろいろなミスは生じ得るから、チェックという仕組みは必要である。
 しかし、翻訳者とチェッカーでは、どちらの方が英語を熟知しているのだろうか? 私自身も特許翻訳者として飯を食ってきたので、チェッカーの乱暴な干渉に腹立たしい思いをしたことは度々ある。翻訳者を指導する立場になってからも、「チェッカーにボロボロにされてしまった」という翻訳者に出会うことが度々ある。チェッカーは特許事務所の経営者に近い場所にいるし、弁理士などの経営者は英語を熟知していないから、どうしてもチェッカーの意見になびいてしまう。
 チェッカーが翻訳者以上に英語を熟知し、翻訳の経験があるのであれば、チェッカーが翻訳して、翻訳家がその翻訳をチェックすればいいわけだ。
  この問題は、チェックしてみなければならない現実だと思う。

日本語による特許明細書の問題点

以下の文章は2010年2月5日、6日に書き込んだテキストを組み合わせたもの。
 
特許明細書における日本語記述はどうだろうか? 前に知財翻訳検定の検定問題を細かく吟味していろいろな問題点を指摘したが、実際に出願されている明細書はどのような問題を含んでいるか。それを調べるために、最近、つまり2月4日に公開された特願2008−188902についてみてみよう。するとたちまち、改善すべき箇所が目に飛び込んでくる。
 
【0002】
近年、フラッシュメモリが記憶装置として様々な電子機器に用いられている。このフラッシュメモリは、記憶容量の大容量化のために、メモリセルおよびメモリセルを電気的に分離するための素子分離領域の微細化が推し進められている。
 
 このパラグラフの後半の文章には、フラッシュメモリと微細化の2つの主語がある。正確には「このフラッシュメモリの分野においては」と記述すべきだ。書いている人はそのような意識を持っているのだろうが、その意識が言語としては不完全にしか記述されていない。日本語による科学技術表現の曖昧さは、翻訳者の目線で見ると、多くの場合、この「意識が言語としては不完全にしか記述されていない」ということと関係していると思う。審査官の文章にしても同様だ。不完全な記述を投げ与えて、「正確に読み取るのは読み手の責任だ」というような意識があるのだろうと思う。正確な翻訳をする必要上もっとも細心の注意で原文を読み取らねばならない読み手である翻訳者にとっては、こうした不完全な記述はいい迷惑なのだ。
 
同じ明細書の次のパラグラフは以下のように記述されている。
 
【0003】
素子分離領域は、STI(Shallow Trench Isolation)構造となっており、これまでは例えばTEOS(Tetraethoxysilane、テトラエトキシシラン)やBPSG(BoronPhosphorus Silicon Glass)などの酸化シリコンがCVD(Chemical Vapor Deposition)法を用いて、STI溝内に埋め込まれていた。しかし、微細化のためにSTI溝が非常に狭くなると、埋め込み材がSTI溝に十分埋め込まれず、埋め込み不良が発生してしまう。



 読点の使い方や記述の明確化の観点から見ると、上の文章にも改善すべき点がある。例えば、「素子分離領域は、STI(Shallow Trench Isolation)構造となっており、」の箇所の領域の後の読点は何の目的で使われているのか分からない。素子分離領域はSTI(Shallow Trench Isolation)構造となっており、」とすべきだ。
多くの場合、何の目的で読点を使うのかということについて殆ど意識されていない。これが特許文書を不可解なものにしている重大な理由のひとつだ。さらに
、「これまでは例えばTEOS(Tetraethoxysilane、テトラエトキシシラン)やBPSG(BoronPhosphorus Silicon Glass)などの酸化シリコンがCVD(Chemical Vapor Deposition)法を用いて、STI溝内に埋め込まれていた。」の箇所は、「これまでは、CVD(ChemicalVapor Deposition)法を用いて、例えばTEOS(Tetraethoxysilane、テトラエトキシシラン)やBPSG(Boron PhosphorusSilicon Glass)などの酸化シリコンがSTI溝内に埋め込まれていた。」と記述した方がより明確になる。リライトしても「同じではないか」と感じる人もいるかもしれないが、そう感じる人は明確な明細書を書けないだろうし、正確な翻訳もできないだろう。
 
 上の文章を書いてから4年以上が経過した。近頃では、自分自身は特許明細書に目を通すことはほとんどないから、最近の明細書の記述についてはあまり知らない。 ただ、自分は上のような素朴な問題意識から、後で『日本語による科学技術論理記述の明確化』というテキストをほぼ三か月間ぐらいで書きあげた。この間に、ある大企業の知財関係者とは頻繁に意見を交換した。
 つい最近、その方とお会いして、「最近の日本語の明細書の記述はいかがですかね?」とたずねたら、「ちょっとも前と変わってないさ」という話だった。

翻訳家の責任

 2010年1月30日に以下のような書き込みをした。

 先日、ある拒絶理由書を見ていて驚いたことがある。拒絶理由にひとつとして、審査官は次のように指摘している。「・・・・・反応物は、酸化、炭化、および窒化した反応物からなるグループから選択されるが、・・・・・は・・・・・を酸化、炭化、および窒化させるための剤であるから、前記記載は不合理である。」 それで、原文を読むと、「酸化、炭化、および窒化した反応物」のところは”oxidizing and/or carburizing and/or nitriding reactant”をなっているので、審査官が指摘している箇所はとんでもない誤訳で、審査官の指摘には合理的な根拠がある。
こうした初歩的な誤訳が見過ごされたのは、翻訳者が能力が低かったか不注意であったのと、これをチェックする人がいなかったか、チェックしても気づかなかったかのどちらかだろう。三十年間ほど特許翻訳で飯を食ってきた者の立場で言えば、ちょっと情けない感じがする。正しく翻訳し、チェックもして、誤訳を含まない原稿を渡すのが翻訳者の責任である。弁理士側は翻訳者から提出された翻訳文が完全なものであることを前提に仕事をすすめる訳だから、その点に関しては翻訳者は責任を負わなければならない。過去の自分の仕事を振り返ってみると、私自身はこうしたレベルの誤訳をしたことはなかったが、訳抜けとか数字の誤りなどチェックが甘かった傾向があり、それを指摘されたこともある。有能なチェッカーを雇用するか、最低でも業務提携を結んで、自分のやった仕事を第三者の目でチェックしてもらうことは最低限の必要事項だろう。さらに、翻訳者は技術者ではないので、技術的な内容についての理解が不十分で、不明確な翻訳をしてしまうことはあり得る。技術者側は技術的な理解は十分だが語学的な能力が不十分なので、翻訳者が必要とされる。したがって、特許明細書などのような文書の翻訳を行う場合には、技術者と翻訳者との密接な連携があることが望ましい。その意味では、翻訳者は本当の意味で技術を理解している人の援助を必要とする。翻訳者個人のレベルでこうした要件(語学的能力、科学技術に対するある程度の理解能力、チェック体制、そして、科学技術者にアドバイスをもらえる環境条件)を満たしているケースは、ほとんど皆無だろうと思う。翻訳会社はどうか? 多分、原稿との対比でチェックする体制は整っているだろうが、翻訳が内容的に正しいかどうかを査定できる会社はほとんど皆無だろう(前にこのブログで紹介した知財翻訳検定問題と解答例を参照して欲しい)。特許事務所はどうか。弁理士は最低でも一つの科学技術分野について弁理士試験でパスしなければならないが、弁理士試験にパスすることを目的として付け焼刃的に学習した程度の科学技術知識で、特許出願されるような最先端技術の内容を理解できるかどうかちょっと疑問がある。この点について大企業の技術者に聞いてみたら、「ものを開発したり製作した経験を持たないと、特許出願レベルの技術についての理解は無理だろう」と言っていた。とすると、弁理士が居るからといって安心はできない。特許事務所には特許技術者というタイトルの人たちがいるが、この人たちは特許法の専門家でもなければ、技術領域の専門家でもない奇妙な存在だ。まあ、世の中に完璧なものはあり得ないのだから、それぞれの立場の人がそれぞれベストを尽くすと同時に、密接な連携で業務を進めればいいのだろうが、そうした連携体制が保証されているかどうか。大手特許事務所の内勤翻訳者として働いている人たちに聞いてみると、どうやらそうした連携体制は確立されていないようだ。
 とすると、特許(知財)の翻訳業務をめぐってはいろいろな問題点が存在しているという認識をもっていることが必要だろう。私個人は、三十年間ほどこの仕事をやってそろそろ引退しようかと思い始めることになって、やっと、こうした要件をほぼ満たせるようになった。翻訳会社を経営するつもりはないが、翻訳家としてはもうすこし仕事が続けられるかもしれない。

 翻訳家としては特許以外の分野での仕事で忙しくなったので、最近はあまり特許翻訳はしていないが、やっぱり自分の人生を支えてくれたこの分野の仕事に対する関心を放棄することはできない。

 

閑話休題

2010年の1月15日に、以下のような文章を書きこんだ。
 
JR線のドアの窓に貼ってある日本漢字能力検定協会の宣伝ポスターに、以下のような文章を見つけた。
 
 次の各文にまちがってつかわれている同じ読みの漢字が一字ある。
 その誤字と、正しい漢字を記せ。
 
「上の文章には、読点の使い方が適切でない箇所が二箇所ある。その箇所を指摘せよ」という問題を出したい。漢字の能力を検定するだけだから読点の使い方なんてどうでもいいという意識があるのか、あるいは読点の使い方についての意識がまったくないかのいずれかだと思う。日本読点能力検定協会を設立しようかな・・・。
 
 上のコメントはちょっと曖昧。もっと適切にリライトするなら、以下の様に表現すべき。
 
 以下の各文に誤字が一字ある。その誤字を訂正せよ。
 
「まちがって使われている同じ読みの漢字」など小学生並みの表現。誤字で十分。「その誤字と、正しい漢字を記せ」も稚拙。「誤字を訂正せよ」と表記すべき。「誤字と正しい漢字」の間に読点が置かれているのも疑問。こんな拙劣な文章で漢字能力を検定しようなんてチャンチャラおかしい。もっともこの団体は、インチキがばれて解散させられてしまったと記憶しているが、こんな団体に検定してもらった人達が気の毒。
 「次の各文」もややおかしいので「以下の各文」に訂正。上の問題を出した人自身が漢字の使い方を含めた正しい日本語の表記を知らなかったのではないか。

もう一度最初から

このブログで過去3年間ぐらいにわたって特許翻訳に関連するいろいろな問題について自分の意見を書き込んできた。最近はあまり書き込みをしていないが、それでも多数の方々が毎日アクセスしているようで、ちょっと申し訳ないような感じもするので、同じ問題を新しい素材を使って新しい視点で書いてみようかという気持ちもある。しかし、体力と気力が追い付いて行かない。それで、旧いデータを下敷きにして、足りない部分を補ったり、自分の主張のうちの曖昧な部分や不正確な部分を直しながら、もう一度、自分の書き込んだ内容を自分なりに再点検してみる。何らかの意味で読者の参考になれば幸い。発端は以下の記事だった。

  先日、ある雑誌のバックナンバーに紹介されていた『2004年知的財産翻訳検定問題&標準解答』というのを読んでいて、非常に驚いた。標準解答というのは模範解答のことなのかどうか知らないが、いずれにしても、掲載されている問題も解答の非常に妙で、日本語をよく知っている外国人に見せたら、笑い出して、「100点満点でいえば20点ぐらいかな」と言っていた。この人は、「日本語明細書の日本語は日本語じゃないし、その翻訳の英語も英語じゃない」と言っていたが、思い当たることもあるので、すこしコメントしておきたい。
 
 たとえば、この検定問題の電気・電子工学分野の問題と解答は以下の通り。
 
発明の名称
 携帯型自動車電話などにつかわれる音量制御回路および方法
 
VOLUME CONTROL CIRCUIT AND METHOD FOR USE IN MOBILE CAR TELEPHONE
 
 このタイトルの日本語の表現の「および方法」の部分は日本語として成立しているかと言えば、厳密にいえばしていない。「携帯型自動車電話などにつかわれる音量制御のための回路及び方法」とすれば標準的な日本語表現になる。そうすれば、解答は “METHOD AND CIRCUIT FOR CONTROLLING AUDIO VOLUME FOR USE IN MOBILE CAR TELEHONE OR THE LIKEとなる。標準解答の英語ではVOLUMEの意味があいまいだし、FOR USE IN MOBILE CAR TELEPHONEも意味が不明確。
 なんでこんな文章を課題として採用したのか意図がわからないし、標準解答の意味も「検定応募者から寄せられた解答のうちの標準的なもの」という意味なのかもしれないが、いずれにしても、現在の特許翻訳のレベルがこの程度であるのは、残念ながら事実なのだ。自分はこの業界で三十年ほど飯を食わせてもらったので、感謝してfade outしていくつもりなのだが、業態そのものについてもいくつか疑問を感じている点もあるので、特許翻訳の現状と問題点について、率直に指摘し、問題提起もしておきたい。
 
同じ検定問題の「発明の背景」の「発明の技術分野」の文章は以下の通り。
 
 本発明は、音量制御回路に関し、特に設置場所の変更可能な、例えば携帯可能な自動車電話等の機器に使われる音量制御回路に関する。
 
 この文章では、点の使い方のまずさに気づく。「本発明は音量制御回路に関し、特に、設置場所の変更可能で携帯可能な自動車電話等の機器に使われる音量制御回路に関する」と修正するべきである。このような読点の使い方のでたらめさは、日本語明細書に非常に多く見かける傾向で、読点の使い方については提案があるのでいずれこのブログで公開するつもりだが、いずれにしても、こうしたずさんな日本語を検定問題に使うというのはどうしたことなのだろうか?
 上の課題文についての標準解答は以下の通りである。
 
 The present invention relates to a volume control circuit, and in particular, to a volume control circuit for use in an apparatus6 whose installation location can be changed, such as, for example, a mobile car telephone or the like.
 
 下線の部分は誤植であろうが、それに続くwhose installation location can be changedの部分はいただけない。たとえば、for use in an apparatus such as a mobile car telephone which can be placed at any position according to the necessity. 
 
 検定問題自体がこの程度の低水準で、その標準解答がこんな風では、事態を放置できない。
 
この検定問題の「従来の技術の説明」の冒頭に「携帯可能な自動車電話は、自動車内に設置して使う場合と、持ち歩いて使用する場合とがある」という文章があって、その標準解答がMobile car telephones can be used while installed in a vehicle or while walkingとなっている。一見すると何も問題点がなさそうに見えるが、読者の想像力に寄りかかっている記述で、文章そのものはまったく非論理的である。主語は自動車電話であるのに、述部の方は使用モードになっている。正確に記述するなら、「携帯可能な自動車電話の使用形態は、自動車内に設置されていて使用者がその状態で使用する場合と使用者が車外で持ち出して携帯モードで使用する場合に分かれる」などの文章にあらためるべきである。少なくとも翻訳者はその程度のことを理解して英語に翻訳する。理解も想像もしないと、標準解答のようにwhile walkingなどと翻訳されてしまう。これじゃあ、携帯電話が歩き回っていると解釈されかねない。
 別にこの検定問題と標準解答をやりだまにあげることがこのブログの目的ではなく、これと同様の不正確な日本語記述が放置されている現状に警鐘を鳴らすことなのだ。本来であれば、弁理士自身がこうした問題に対処すべきなのだが、規模が大きくなってしまった特許事務所の弁理士などは自分の職務をほとんど放棄してしまっているようだ。その結果、翻訳者側に負担が押し付けられていて、翻訳者は上のような判じ物みたいな日本語の解釈と翻訳に四苦八苦させられている。
こうした問題については、誰かが指摘するべきだったが、翻訳者は特許事務所から仕事を受注する立場にあるので、だれもこうした問題に手をつけなかった。敢えて虎の尾を踏む覚悟がなければ、いつまでも問題は解決されない。
 
 上に紹介した文章のすぐ後に続く文章は以下の通り
 
この車載使用時及び携帯使用時の環境に対応して、それぞれ最適な音量で通話できるように、通常自動車電話は音量制御回路を有している。更にいえば、車載使用時は環境騒音が大きいので音量を大きくし、一方、携帯使用時は小さいため音量を小さくして使う。ところが、従来の音量制御回路は、上記のように使用状態を変更するたびに音量調整を必要とする。このため、通話の際の手間が多くなり、電話の使い勝手がよくない。
 
 上の文章もさらりと読むと何の問題もなさそうだが、実はいろいろな問題を含んでいる。最初の文章は「この車載使用時及び携帯使用時の環境に対応してそれぞれ最適な音量で通話できるように、通常自動車電話は音量制御回路を有している」とすべきだし、「通常自動車電話」は「通常、自動車電話は」とすべきだし、文章全体は「通常、この車載使用時及び携帯使用時の環境に対応してそれぞれ最適な音量で通話できるように、自動車電話は音量制御回路を有している」とするか、さらに主語を明確にするためには、「自動車電話は、通常、この車載使用時及び携帯使用時の環境に対応してそれぞれ最適な音量で通話できるように、音量制御回路を有している」と記述した方がいい。このあたりの工夫がまったくされてにない文章の標本みたいだ。さらに次の文章では、記述者が自動車電話のことをのべているのか音量制御回路について述べているのか、最近流行の言葉でいうと「ぶれて」いる。「更にいえば、車載使用時は環境騒音が大きいので音量を大きくし、一方、携帯使用時は小さいため音量を小さくして使う」という文章あたりから記述のぶれが始まっていて、使うという動詞の目的語が回路なのか電話なのかを、記述者はきちんと意識していない。使用者が操作するのは電話機であって、回路自体を操作するわけではない。だから、標準解答にあるように、”an object of the present invention is to provide a volume control circuit with improved ease-of-useというような訳ができてしまうのだ。この「ぶれ」あるいは混乱は最後の文章にも持ち込まれている。「ところが、従来の音量制御回路は、上記のように使用状態を変更するたびに音量調整を必要とする。このため、通話の際の手間が多くなり、電話の使い勝手がよくない」という文章には、発明の目的との関連で絶対に入れておかねばならないフレーズが抜けている。つまり、「従来の音量制御回路は環境音のレベルに対応して自動的に音量を制御する機能を有していないから」という点だ。使用者が操作するのは電話機であって回路ではない。だから、このパラグラフの末尾では「電話の使い勝手がよくない」と指摘しながら、次のパラグラフでは「本発明の目的は、使い勝手のよい音量制御回路を提供することにある」という表現になっている。
 最近流行の逐語翻訳というならば、このあたりの問題はどうするか?
 
この「電気・電子工学分野」の問題の最後に請求項も含まれていて、請求項1は以下の通り。
 
 音声信号を増幅する手段と、前記増幅手段の利得を第1及び第2の所定値にそれぞれ保持する第1及び第2の保持手段と、音量制御回路が組み込まれた機器の使用状態を検出し状態検出信号を出力する状態検出手段と、および前記状態検出信号に応答して前記第1および第2の保持手段を可能化するスイッチ手段とを含む音量制御回路。
 
 翻訳者の直感で言えば「前記増幅手段の利得を第1及び第2の所定値にそれぞれ保持する第1及び第2の保持手段」という表現があやしい。この表現が意味することは大体理解できるが、正確な技術的意味をテクニカル・アドバイザーに問い合わしているところ。年末休暇で我がテクニカル・アドバイザーはどこかに行っちまっているらしくてまだ返事がないが、多分、正確無比な表現を近いうちに連絡してくれはず。特許翻訳なんて、こうやって進めていくものだ。ついでに言えば、この箇所に該当する標準解答はfirst and second holding means for holding gains of the amplifying means at first and second predetermined valuesとなっているが、これはひどい翻訳。機械翻訳ならこうなるかもしれないが、アメリカ人に意味が伝わるかどうか。
 
で指摘した点を専門家にたずねたところ、正確には「前記増幅手段に対して指示する2種類の所定利得値を保持する第1及び第2の所定利得値保持手段」と記述すべきだという指摘があった。これならまったく良く分かる。原文では「前記増幅手段の利得を第1及び第2の所定値にそれぞれ保持する第1と第2の保持手段」と記述されているので、翻訳もfirst and second holding means for holding gains of the amplifying means at first and second predetermined, values respectivelyとそれこそ逐語訳になっているが、これでは回路の構造と機能を説明することになっていない。つまり、環境音のレベルを察知して信号音をどちらのレベルに増幅させるかを自動的に判断指示するための構成要素であることを、記述者は明確には意識していないのだ。翻訳者もそのことが分からないからそれこそ逐語訳にした。特許事務所もそのまま出願した。その翻訳を管理する翻訳会社もそれを理解していないから、知財翻訳検定の問題として出題したという構図が見える。いわば三重・四重の曖昧さが積み重なっている。これが特殊な例であれば、それほど目くじらをたてることもないが、はっきり言えば、これが特許翻訳なるものの現状であって、こうした現状を克服するための新しいビジネス・モデルが必要だと思う。
 私のゼミでは、参加者がこの検定問題を提供してくれたので、翻訳学習の素材に用いることにし、最初は「標準解答は見ないで翻訳するように」と指示したが、2回目からは「標準解答をよく検討してその改善点を指摘するように」と指示を変えた。何だって役には立つのだ。
  しつこいと思われるかもしれないが、さらにこの知財翻訳検定問題について分析すると、請求項2にも重大な問題がある。請求項2は以下の通り。
 
「前記状態検出信号に応答して前記第1及び第2の保持手段の第1及び第2の設定値を選択的に変更する設定手段をさらに含む請求項の範囲第1項記載の音量制御装置」
 
 請求項1では所定値と記載されているのに、請求項2では設定値と記述されている。これは表記上の不統一という以上の重要な問題を含んでいる。それに、標準解答の方で、the first and second predetermined values of the first and second holding means in response to the mode detecting signalと記述されているのは、本当のところ「真面目に翻訳してるのかね?」という感想を持つ。翻訳ソフトならこう訳すかもしれないし、ひょっとするとこの標準解答は翻訳ソフトによる翻訳かとも感じてしまう。せめてthe first and second predetermined values to be stored in the first and second holding meansぐらいの表現には出来ないのかね? だいたい、holding meansという言葉自体がやや疑問。 
 
やりかけたことなので一応最後まで分析検証を徹底すると、この知財翻訳検定問題と標準解答の電気・電子分野の課題の末尾の方に掲載されている請求項3もいろいろ問題がありそうだ。請求項3の内容は以下の通り。
 
 機器の複数の使用状態にそれぞれ対応した複数の増幅率を保持するステップと、前記複数の使用状態のいずれかを検出し状態検出信号を出力するステップと、および前記状態検出信号に応答してこれを対応した前記増幅率のいずれかを選択して音声信号を増幅するステップとを含む音量制御方法。
 
一読して、この記述内容は不完全だと感じたので、これも専門家に意見を求めたところ、以下のように記述すべきだというアドバイスを得たので、以下に紹介する。
 
機器のそれぞれの使用状態に対応する複数の増幅率を格納/記憶するステップと
 前記複数の使用状態のいずれであるかを検出し状態信号を出力するステップと、
 前記状態検出信号に基づいてこれに対応した前記増幅率のいずれかを選択して音声信号増幅手段に入力するステップと、
選択された前記増幅率で音声信号を増幅するステップと
をふくむ音量制御方法」
 
このリライトは極めて明晰だと感じる。請求項3は音声制御回路を制御するためのソフトウエアに関する発明なのだが、この請求項の記述者がそのことをほとんど意識していないようだ。もちろん翻訳者もそのことを知らないで翻訳しているような感じがある。それに、請求項3で初めて増幅率という言葉が使われているが、これが請求項1や2で用いられている所定値とか設定値と同じであることを記述者や翻訳者は意識していたかどうか? さらに、この明細書の出願手続きを行った弁理士や翻訳を管理した翻訳会社はこのことを認識していたかどうか。
この知財翻訳検定の電気・電子分野の問題を精密に検討して見ると、上に述べたように問題として使われた特許明細書自体の記述が極めて不十分・不明確であることを指摘せざるを得ない。このような明細書を知財翻訳検定の問題に用いた翻訳会社の能力にも疑問を持たざるを得ない。こうした問題に応募したり、こうした標準解答を基準として選別された人たちについては気の毒としか言いようがない。
この問題についてこの技術分野の専門家とあれこれメールで対話したが、この専門家は

記述者は明確には意識していないのだ。
翻訳者もそのことが分からないからそれこそ逐語訳にした。
特許事務所もそのまま出願した。
その翻訳を管理する翻訳会社もそれを理解していないから、知財翻訳検定の問題として出題した

というシナリオを防止するためには、
どこかに「技術的な常識を持っている者(*)」が
査閲する仕組みが必要です。
*:これは所謂技術者とは限りません。
技術者と言われる人でも常識の無い者は沢山います。
それは単に知識を流用するのみでその真の意味を理解していない者です。
Check


PR

calendar

S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< August 2016 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

recommend

links

profile

書いた記事数:309 最後に更新した日:2014/06/08

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM